外来

高齢高血圧患者の血圧を厳密に管理するとわずかに脳卒中が減少

まとめると

P(患者):高齢高血圧患者に

I(介入):血圧を集中管理(110-130)
C(対照):血圧を標準治療(130-150)
O(結果):脳卒中がわずかに減少する(NNT=500)

なぜこの論文を?

雑誌『総合診療』の2022年6月号は「総合診療外来に”実装”したい最新エビデンス My Best 3」でした。紹介されている論文はどれも魅力的なのですが、ブログ主が大好きな名郷先生の記事がキレキレでした。

心血管イベントが26%も減少!と聞くと「なんと素晴らしい治療だ!」と感じますが、1.1%減少!と聞いてもあまり心は動きません。26%と1.1%は今回の紹介する厳格な降圧により得られるメリットの数字で、どちらも正しい数字です。

例えば、ネット銀行Aの定期預金の利率が0.01%、メガバン銀行Bの定期預金の利率が0.001%、とします。

銀行Aは「うちの利率は銀行Bより10倍利息が付きますよ」とアピールしてきます。

銀行Bは「ネット銀行さんと比べても金利は0.009%しか変わりませんよ。10万円預けても9円しか違いません。うちは大手で安心です。」

どちらも数字に偽りはなく、「10倍も違います」と「0.009%しか違わない」は共存します。この数字の感覚に騙されてはいけません。今どきは預金より投資を進められるのでしょうが。

ということで、天下のNEJMからの論文紹介です。

NEJMより

Trial of Intensive Blood-Pressure Control in Older Patients with Hypertension

Weili Zhang, et al.
N Engl J Med 2021; 385:1268-1279
http://doi.org/10.1056/NEJMoa2111437

デザイン:RCT
盲検化:割付は隠蔽化。治験責任医師と患者は非盲検化。
セッティング:中国の臨床センター42施設

患者:60〜80歳の収縮期血圧140〜190の患者(3回の受診または降圧薬内服中で)
8511名、年齢中央値66.2〜66.3歳、男性46.1〜46.9%
主な除外基準:虚血性または出血性脳卒中の既往など

介入:診察室血圧、家庭血圧を測定。治療薬はARB, CCB, サイアザイドなど。

I:集中治療群4243名(収縮期血圧目標110〜130)
C:標準治療群4268名(収縮期血圧目標130〜150)

測定結果はBluetoothでアプリに入力。施設を1対1でアプリ群と通常群で割当。アプリ軍では血圧管理に関するアラート、服薬指導リマインダー、医師とのコミュニケーションが可能。

プライマリエンドポイント:複合アウトカム(脳卒中(虚血性はまたは出血性)、急性冠症候群(急性心筋梗塞と不安定狭心症による入院)、急性心不全、冠動脈血行再建術、心房細動、心血管系による死亡)

基金:FuWai病院と中国医学科学院

結果:複合アウトカムがハザード比0.74(RRR0.26、ARR0.011、NNT=91)

批判的?吟味

混ぜるな危険!複合アウトカム

プライマリエンドポイントは複合アウトカムです。

  • 脳卒中(虚血性はまたは出血性)
  • 急性冠症候群(急性心筋梗塞と不安定狭心症による入院)
  • 急性心不全
  • 冠動脈血行再建術
  • 心房細動
  • 心血管系による死亡

盛り盛りと混ぜられています。死亡と入院が同じ扱いでまとめられていました。入院するか否かは恣意的に決められますので、問題でしょう。さらに死亡と心房細動は同等ですか?「心血管イベント減少!」と言われると良いことの気がしますが、中身の確認が必要です。

死亡は有意差ないんですけど…

心血管死亡はHR0.72(95% CI 0.39-1.32)と有意差がありません。単独で有意差があったのは脳卒中とACS、急性心不全のみです。

脳卒中は一年あたり0.2%減りますから、患者さんに「血圧を110目標に下げると、年間500人に1人脳卒中が減る効果が期待できます。逆に499人には関係のない話です」と説明するのが正確です。

オープンラベル試験の問題点

この試験はオープンラベルなので、患者も医師も集中治療群か標準治療群に割り付けられているか知っています。「この患者は標準治療群なので、狭心症として入院させておこう」と医師が恣意的に治療選択することができます。

オープンラベル試験のアウトカムに入院を入れるべきではないでしょう。しかも複合アウトカムの項目に入るので、誤魔化されてしまいます。

高齢者で厳格に降圧する真の効果は?

RRRとARRの視点

製薬メーカーはRRRを強調します。今回であれば26%も心血管イベントを減らしました!とアピールします。リアルに意味があると感じられるのはARRで、1年間で0.4%、3年強で1.1%心血管イベントを減らす程度のしか効果はありません。NNTは1年では250、3年強で91です。

複合アウトカムを考慮

さらに、上記のNNTは複合アウトカムで水増しされています。脳卒中を1年間で500人に1人減らせます、と説明して降圧薬を厳格に内服したいと患者さんは感じるでしょうか?

まとめ

名郷先生は「この試験はいったい誰のためのものなのか?公衆衛生とメーカーの思惑ばかりが優先され、ここの高血圧患者が置き去りにされている面が強いのではないか?(『総合診療』から引用)」と厳しく批判されていました。

RRRの問題だけでなく、複合アウトカムの問題点もある論文でした。それでもガイドラインには採用され、高齢者でも厳格に降圧管理を!という根拠にされてしまうのでしょう。

次回は、名郷先生が紹介した代替食塩と塩化ナトリウムを比較すると、脳卒中や死亡が減るか?の論文です。続けて読むと非常に興味深いです。

KCl含有食塩代替物は脳卒中や死亡を減らすKCl25%の食塩代替物に変更すると脳卒中や死亡が減るという驚異の論文。1日20g提供されていたり、脳卒中イベントの発症が多かったりと気になる点もありますが、興味深い研究です。...
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